建築としての海陽亭・瓦

北海道最古の料亭

北海道最古の料亭と言われる海陽亭。
その建物の至るところから歴史の息吹が感じられます。

海陽亭の建物についてご紹介する、「建築としての海陽亭」。その第一回は「瓦」を取り上げます。
瓦の調査には、建築ヘリテージサロン副代表 渡辺一幸氏にご協力頂きました。

海陽亭蔵の屋根瓦について

海陽亭の建物へと続く石段を登った右手に海陽亭の蔵があります。
その蔵の屋根に使われている瓦は「越前瓦」として福井県の伝統工芸品にも指定されている「滝瓦」と呼ばれるもので、200年以上前から制作されているものです。

海陽亭の蔵の屋根には2種類の滝瓦が使用されています。

一つは窯元 河原弥惣兵衛(明治初期〜大正2年頃まで操業)により制作されたもので、勝手口脇の軒下の瓦には「山力」という窯印が刻まれています。

他に同じ窯印を用いる窯元は、田淵外吉、岡倉音吉、杉本惣市の3人が居ますが、海陽亭の建築年と符合するのは河原弥惣兵衛でした。

もう一つは窯元 中西仁助(明治26年〜昭和10年頃まで操業)により制作されたもので、「◯大」という窯印が瓦に刻まれています。

これら二つの窯元は、小樽市からおよそ100km離れた、北海道寿都町にある「橋本家(旧 鰊御殿)」でも同様に確認されています。滝瓦は寒冷地の気候に強く北国で重宝されたため福井県から北海道まで数多く船で運ばれました。

また、海陽亭の蔵の屋根には一枚だけ赤い瓦が使われています。(赤丸で囲われている箇所)

この瓦は島根県産の「石州瓦」で、恐らくは修理用として使われたものと思われますが、
海陽亭の隣に建てられていて、小樽市の歴史的建造物としても指定されている「猪股邸」の石蔵にも全く同じ産地の赤瓦が使われているのが興味深い点です。
渡辺氏の最近の調査でも、小樽の屋並を連ねていた風景に「赤い色」が存在していたことが分かってきています。

海陽亭内に保管されている瓦について

海陽亭の厨房内に保管されている黒い瓦は、蔵の前に建てられていた海陽亭の建物の一部で使用されていました。
(歴史的建造物の指定範囲外だったこの部分はかつての姿を復元するため既に取り壊されています)


この瓦には「〇作」という窯印が刻まれていることから、窯元 村田作松の「小松瓦」と予想出来ます。

小松瓦は石川県旧能美郡で制作されていた瓦で、北陸の厳しい気候風土に適しており、積雪や凍害に強いという特徴があります。
しかし、この黒い瓦の様相は石川県能登瓦とも考えられる為、引き続き調査を進めて参ります。

また、一部の瓦には「山作」という窯印が刻印されているものも見つかっています。

窯元はまだ特定できておりませんが、引き続き調査を行なっていきます。

瓦から見る小樽ならではの風景

渡辺氏がこれまで行った調査によれば、小樽には想像以上に石州(島根県西部)・加州(石川県南部)方面から多様な瓦が持ち込まれたとのことです。
そのため、明治〜大正期の小樽では様々な色合いの瓦が葺かれ、他の地域では見ることができない華やかな家並を呈していたことが想像出来ます。これは日本海側の様々な地域と交易をしていた小樽ならではの特徴と言えます。 
街並みを形成するのは似通った建物の連続もさることながら、こういった地域特有の文脈から採用された「何か一つの連続」だったりするのかもしれません。目を凝らして見ると、街の、地域のらしさを演出し風景を形作っているものがまだまだ身の回りに沢山あると思います。

大量生産や画一的な規格が合理的に広まっている中、今一度この瓦のように昔から残っているものにも注目していくことが重要だと考えられます。仮に現代の製品に置き換わったとしても、記録や記憶の糸口として何らかの形で残していくことが本プロジェクトでも求められているのだと強く感じます。

参考資料 渡辺一幸
『小樽市内の瓦継続調査…備忘録』(2018年)

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